妄想劇場 ~紫煙の向こう~
めったに吸わない煙草をギロロがくゆらせるのは、何か思考がまとまらない時だ。
これ以上は考えない方がいいだろうと、強制的に思考を停止させるために一服する。
そうすると、決まってヤツが現れるのだ。
「おっ、ギロロ。珍しーじゃーん。我輩にも一本ちょーだい」
「煙草はやめたとか言ってなかったか?」
「自分で買うのはやめたけどさ。たまの一服はやめてないもんにー」
「煙草くらい、自分で買え!」
「だってこんな煙と消えちゃうものにお金出すくらいなら、ガンプラ欲しいじゃん」
「貴様はっ・・・あっ、こら!勝手に吸うな!」
そうは言っても、満足げに一服するケロロからそれを取り上げる気にはならず。
ギロロは、やれやれと隣りに座る。
青空に吸い込まれる、ふたすじの紫煙。
それを見てると、不思議と何もかもどうでもよくなる。
おそらくはこれは、自分に必要な時間だ。
くつくつと隣りからケロロの笑い声がして、ギロロは何だ?とそちらに顔を向ける。
「そういえばさ、初めて煙草吸った時のこと覚えてる?」
「ん?ああ、まあな・・・」
「ギロロってば、赤い顔、もっと赤くしちゃってさー」
「ふん。貴様は赤くなったり青くなったりしてたぞ」
忘れようはずがない。
あれは俺たちの初めての大きな「悪事」で「秘密」で。
奇妙な興奮が俺たちを支配してた。
ただ・・・ケロロは知らない。
あれは、俺にとって初めての煙草ではなかった。こいつには初めてだったのだろうが。
「おい、ギロロ。俺、イイもん拾っちゃった~」
少年の日、ケロロがそっと見せてきたのは誰かが落とした煙草とライターで。
その嬉しげな企み顔で、次にケロロが言うことは容易に想像がついた。
「なあ、ちょっと試してみようぜ!」
やっぱりなと思いつつ、ギロロは乗り気になれなかった。
それがちっとも美味いものでないことを、すでに知っていたからだ。
ほんの一ヶ月ばかり前。
くだらない口答えをして兄のガルルにこてんぱんにやられたギロロは、悔しいながらも兄の部屋に謝りにいったのだ。
しかしそこには兄の姿はなく、代わりに見つけたのは、見慣れぬ煙草の箱。
兄が煙草を吸ってる姿など見たことはなかった。
叱られる歳でもあるまいに、何故隠しているのだろうか。
ぼんやりとした疑問は、あっという間に子供らしい復讐心にすり替わり、ギロロは一本拝借するとこっそりと秘密基地へ向かった。
(ふん、俺だって吸っちゃうもん。あんなところに置いておく兄ちゃんが悪いんだ)
ドキドキしながら、一人で吸った初めての煙草はひどく不味いもので。
めまいがするやら、いつまでも嫌な味が残るやらで大変だった。
あんなもの、まっぴらゴメンだ。
「やめた方がいいと思うぞ」
ギロロの返事に、ケロロは不満そうに口をとがらせた。
「何だよ、ノリ悪いな!いいよ、ゼロロ誘うから!」
「おい、よせよ。ゼロロはマズいだろ」
この悪事に、優等生のゼロロを巻き込むのは流石に気の毒だと思った。
何より、体の弱いゼロロが煙草など吸って何かあったりしたら・・・。
「だって一人じゃつまんねぇもん」
「わかったよ。俺が付き合うから」
「ヤフーーッ!そう来なくちゃ!」
二人いっしょの「悪事」は、不思議と一人の時以上に胸の高鳴りを覚えた。
ケロロの興奮がうつったのかもしれない。
「ギーロロ。火ぃ着けて」
大人のように足を組んで、煙草をくわえて、目をつぶって「ん」と待っているケロロは妙に大人びて見えた。
自分も大人になったような気がして、ドキドキしながら、ぎこちない手で火を着けた。
火が着くまでにひどく時間がかかったような気がする。
その間、目を閉じたケロロの顔があまりにも近くにあって、何だか落ち着かない気分になったのを覚えている。
やっと火が着いた煙草を、ケロロは嬉しげにくわえていたが。
数秒後、ケロロの顔がさっと青ざめた。
「ゲッ、ゲホッ、ゲーーッ、ゲホゲホ、ガヘッ・・・」
ああ、やっぱりとギロロは思う。
ケロロだって、こんなものが美味いはずがないのだ。
それでもケロロは青くなったり赤くなったり涙目になりながら言った。
「な・・・なかなか、ゲホッ、いいぞ。ギロロも吸えよ」
そうして、今まで自分がくわえていた煙草を「ほら」とギロロに渡そうとした。
「・・・おまえの吸いかけかよ」
「だって、火ぃ着けるの結構大変みたいじゃん」
「そうだけど・・・」
「いいから!」
俺は何を気にしてるんだろう。
こいつにとっては、俺のジュースを横取りして飲むのと同じ感覚なのに。
ケロロに無理矢理渡された煙草を、覚悟を決めて口にすると。
(・・・あ?)
不思議と煙草は甘く感じた。
こいつの味・・・? まさかな。
茫然とケロロの方を向くと、ケロロはわくわくとこちらを見てる。
「ギロロすっげー!大人みたい!苦しくないのかよ?!」
じっと見つめてくるケロロの大きな瞳が妙に可愛らしく思えて、突然ギロロは頭に血がのぼった。
カーーッとしたギロロにケロロの方がびっくりする。
「お、おい、ギロロ真っ赤じゃん!大丈夫か?」
あせったようにケロロがギロロの頬に手を触れた瞬間、心臓が止まりそうになり、ギロロは思わずくわえていた煙草をぽろりと落とした。
「ヒンギィーーーッ、アチッ、アヂィ~ッ!!」
煙草はそのまま自分の足の上に落ち、ギロロは夢から覚めた気がした。
すぐ横では、ケロロが腹を抱えて笑い転げている。
何で俺は、こんなヤツが可愛く思えたんだ!
あれから大人になって。
煙草を吸うことなど、特別でも何でもなくなったが。
不思議といつも、一服する時には隣りにこいつがいる。
いや、いない時だって勿論あったが、紫煙を眺めているとこいつの顔が浮かんでくるのだから同じことだ。
「ギーロロ」
「あぁ?」
「火ぃ着けて」
いつの間にかちゃっかり2本目をくわえたケロロが「ん」と待っている。
あの時と同じ顔だ。
それくらい自分でやれ!と言いかけて、ギロロはにやりとした。
「じっとしてろ」
「ん?」
次の瞬間火を噴いたビームライフルが軽く煙草の先をあぶると、ケロロがふるえあがった。
「ちょ・・・あっぶねえ~!心臓が止まるかと思った!」
「たまには、貴様がそうなれ」
ぎゃいぎゃいと不満を並べ立てるケロロの横で、珍しく機嫌良く、ギロロはもう一服することにした。
FIN
ギ口ケ口祭り参加作品。
こんな作品を書きましたが、けろっとはタバコを吸いません。タバコは2次元限定の萌えアイテムです( ゜Д゜)y─┛~~ (2008.6.17)